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自由という檻の中で

エッセイ

スクロールの先に消えた時間達

私たちはスクロールする。
指先一つで世界をなぞり、
理解した気になる。

SNSは時間を奪うと言われている。
だから人は、それを批判する。
浅い、無意味だ、依存だと。

だがその言葉は、どこに置かれる?
同じ画面の中だ。

離れたいと語る声が、
最も強く拡散される場所。
矛盾は熱を持ち、アルゴリズムに拾われる。

私たちは消費している。
他人の時間だけではない。
自分の嫌悪すらも、丁寧に差し出している。

ここでは、すべてが材料になる。
怒りも、虚無も、拒絶さえも。

やめようとする意思は、
「やめようとするコンテンツ」として評価される。

出口は語られる。
だが、その語りは外には出ない。

私たちは檻の中にいる。
そして気づいている。
その檻を撫でながら、
「ここは狭い」と言い続けていることに。

だから今日もスクロールする。
自由を探すふりをして、
最も効率よく飼い慣らされていく。

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